2013年8月5日月曜日

私の目が、いつもそこに映し出しているのは、バラックで囲われた場所で、家族のため(?)に炊き出しをしているお母さんらしき女性の姿です~私が自縛霊に教えられたことの件

県外在住の霊能者の友人に、
「朱夏は、よく広島市内で生活できるよね」
と言われます。

友人は、広島の原爆被災者の霊の姿を見たり、声を聞いたりするのが辛いそうです。

私は、親の都合で広島にやってきた当初から比べたら、
そこまで大変な思いをもって生活はしていません。
広島での生活が長くなったからでしょうかね。

私でも、相生橋を越えて西側の町や(とくに本川町とか中島町あたり)、牛田の工兵橋や駅裏、宇品にある県病院などなど、いろいろ足を踏み入れることを躊躇する場所は多いですが、

当の平和公園は、納骨場所を除けば資料館であっても結構行くことが可能です。

資料館の中に入ると、なぜかわたしの左肩が痛くなる「制服を着た人形ケース」はありますが・・・。



どちらかというと、小学生の頃に映像で観た「苦しんでいる姿」そのものよりは、その後を必死に生きている人たちが、私の目には映ります。


車を走らせるたびによく通る橋があります。
(場所は特定しませんが、写真を見たらわかる人もいるでしょうか)


 




その橋から見える河川敷 中央の木の側で、いつも見るのは

バラック板というのでしょうか、屋根もなく囲いだけをした家(?)で、



焚き火に鍋をかけている女性の姿です。



髪を後ろで束ねて、たすき掛けの紐に赤ん坊をおんぶして、

遠目に見える分には、ただ湯気だけが見える鍋をかけて

炊き出しをしているのかもしれません。

その鍋の周りには、何人かの子供や大人たちが並んで座っています。



彼女は、その項垂れて並んでいる人たち(家族なのでしょうか?)のために

必死に鍋を火にかけています。



私はその女性の姿を見るたびに、



たとえどんな悲惨な経験をしても、

どんなに先が見えなくて、不安な未来を抱えていても、

人はそれを受け入れたら、今をどう生きたら良いか、

不安を希望に変えるための強い力を得られるのだと



教えられます。


彼女は河川敷の地縛霊でしょう。

地縛霊というと、供養されることもなく、その土地に縛り付けられているなど、あまり好印象は持たれないかもしれませんが、

彼女のその想念は、

私にとっては、学生時代に「教えられた平和学習」以上に、

リアルな「学び」です。


SHUKA WAKAMURA